「いらない」
「意味ない」
この二つの言葉って、人からエネルギーを失わせる要因になったりするもの。
いらないについてはちょっと細かく書かなきゃいけない感じもするけど、要は、願望をないことにする、ということ。
例えば、「俺は女には興味ない!」と言っている男性がいるとする。
でも、それって生物学的に不可能なんだ。
興味ないことになんてできない。生物学的に。笑
だから、100%それは嘘なんだよね。
で、そうやって本当は興味あるし、本当は願望があることに対してないことにしていくと、色々と原動力を失っていくことになる。
身なりだって気にしなくなるし、身だしなみも気にしなくなる。
おしゃれなんてどうでもいい、となる。
実際におしゃれかどうかが大事なんじゃなくて、おしゃれがどうでもよくなった動機に着目してほしい。
(実際、異性に対する願望に素直な人ほどおしゃれに対する意識があるのも事実。
おしゃれ度と、異性に対する願望に素直度は比例するんじゃないかな)
話を戻して、
拗ねちゃった、ひねくれちゃった結果としての「興味ない」「どうでもいい」というのは、本当に興味がないというよりも、見ないことにしているという面が大きいわけなんだ。
しかも、一事が万事だから他の分野にもそのあり方が波及しちゃうんだよね。
つまり、色々とどうでもよくなっちゃう。
前向きな意味でのどうでもいいじゃなくて、無気力などうでもいいになってしまう。
そこで「意味ない」という考え方も出てくる。
一事が万事だから他の分野にもそのあり方が波及すると書いたけれど、
「願望がそこにあるけど、どうでもいい」と言えて、そのモードで生きてこれた場合、そのモードを他のものにも当てはめてしまう。
何か自分がやってみたいことが出てきたとしても、打ち込むことができず、「こんなことやって、何の意味があるんだろう」という考えがどうしても出てきてしまう。
だって、以前にもそうやって考えてやめてきた、願望がないことにしてきた経緯があるから。
ある意味、そのモードで生きていたら、やりたいこと、打ち込めるものは一向に見つからない。
何に対しても熱くはなれないし、本気にはなれない。
こと、ものに原因があるんじゃなくて、
「こんなことして何の意味があるんだろう」と考えてしまう自分の状態、自分のモードに原因があるんだよね。
もちろん必ずしも熱くなる必要もないんだけど、本来の願望に素直になれる自分だったら熱くなれることすら熱くなれなくなっていたりするわけだ。
だから、「ない」と簡単に言ってしまうのではなく「ある」と言える自分で在ること。
興味ある、意味ある、やる価値ある。
そうやって「ない」から「ある」への転換ができれば、人はどんどんエネルギッシュになって、淡々と人生を楽しめるようになっていくんだと思う。
noteもやってます。
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