「上には上がいるから自分の活躍の場所がない…」わけないでしょ!!

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私は若い世代の子たちと接することが多いのですが、そこで感じるのは、

すごい人はたくさんいる。なのに、自分がこれをしていいのだろうか?

と感じている子が多いということ。

これはおそらく、若い世代だけじゃなくて、これから何かをしようと思う人みんなが抱える思いなのかもしれません。

特に今はSNSがあるので、すごい人の情報も得られるし、facebookなんかだとそういう人ともつながっているし、facebookに書き込みをするとなれば、

あの人たちも見ているのかと感じて、発信を躊躇するとか。

そういうことが現代社会だからこそ起こっているんですよね。

現代社会特有というか、現代だからこそ強く出てきた怖れ。

でも、たとえば最近身近で、

ちょっとしたデザインができるようになった子が、そのデザインの仕方を教える

ということがあったんですね。

実際、そのデザインができるようになると本当に助かるし、かなりすごくて、でも短時間でできる。

とはいえ、初心者からすると全然やり方が分からないわけです。

だから、お金を払ってでも教えてもらう価値はあるな、と感じる。

でも、それって一流のデザイナーさんからすれば、もう全く大したことはないわけですよね。

そのデザイナーさんの基準からすれば、5流くらいのデザイン能力になるのでしょうか。

でも、そんなことはどうでもいい。

一流のデザイン能力とかいらない。

ただ、その子が教えてくれるものに価値を感じていて、それを学びたいと思っているわけだから。

もしそこで一流のデザイナーさんが、「お前は5流。お前なんかに教えられることはない」みたいなことを言い始めたら、

その子から教えてほしいと思っていた人たちに価値を提供できません。

さらに、その子の願望を否定することになり、もしかしたらこれから「超一流のデザイナーになるかもしれない金の卵」を潰すことになるわけです。

若い子はみんな、これから大きくなっていくわけだから。若い子だけじゃなく、これから何かを始めようとする人はみんなそう。

誰だって最初から一流なわけではなく、実践を繰り返しながら成長していくもの。

それが当たり前だし、そして、それでいい。

違う例で言えば、

毎日超一流のシェフの料理じゃなくていいでしょう?

おばちゃんが作った定食の良さがあるし、

「あの店のおばちゃんが作ったあの味を、もう一度味わいたい」

とかあるじゃないですか。

もしおばちゃんの店に、うざい一流を名乗るシェフが行って、

「なんですか?このスープ?料理というものが分かっていない。三流ですね」

とか言い始めて、近所の人たちに大人気だったおばちゃんの味が否定されたとしましょう。

で、おばちゃんは悩み始める。

それまで何の問題もなく、近所の人たちに愛されていたおばちゃんの料理。懐かしさを感じさせるその味。

それではダメなのか、とおばちゃんは思い始めて、悩む。

そして、きちんとした料理教室に通い始める。

きちんとしたレシピ。きちんとした食材。

そうやって完璧なものを追い求め始める。

あるとき、味が変わってきたことをお客さんが気付き始め、なんかおかしいな…と感じる。

「どう?おいしい?」

「え、ああ…うん、おいしいよ!おばちゃん」

「でしょう??最近、努力してるのよ。頑張ってるの」

そのとき、一人の客が言う。

「なんや、これ!こんなんおばちゃんの味やないやないか!どうしたんや?おばちゃん!」

「え……?」

「俺ら、こんなん求めてないねん!なあ、お前もそう思うやろ?正直に言えや!」

「……うん、前のが良かったわ。おばちゃん」

「どうしてん、おばちゃん。俺らはおばちゃんの料理が大好きやってん!やめんといてや、おばちゃんの料理。あれがええねん。あれがおいしいねん。

シェフなんか、どうでもええねん!」

「でも、あれじゃダメだって言われたから…」

「おばちゃんは、ホンマに今やってることがしたいん?楽しいか?

おばちゃんがホンマにそうしたいんやったら、俺らも応援するよ。でも、おばちゃんしんどそうやん。

いつもの笑顔、どっかいってるやん」

「……」

「おばちゃん、この本読んでみてや」

「何、これ?自分の「武器」を見つける技術?」

「そうや、友達が最近書いてん。おばちゃんの武器はな、おばちゃんであることやねん。おばちゃんの存在そのものが武器やねん。

俺ら、おばちゃんの料理が好きやねん。

やのに、それを弱点やと思って、武器を弱点やと思って、おばちゃんの味をやめる必要なんてない。

おばちゃんの味をやめること、やめようや!」

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って話になるわけじゃないですか?笑

最初から大きなことをやる必要はないし、小さく始めていけばいい。

ないものを見るのではなく、自分に価値を感じてくれる人たちのことをもっとよく見る。

ないものを探せばキリがありません。

しかもそういうあり方でいれば、自分に価値を感じてくれた人たちのことをないがしろにするようになります。

それでは広がっていかないでしょう。

自分が「こうしたい」と思った願望に許可を出し、それをする価値が自分にはあって、やっていいんだと思うこと。

上には上がいるからとか関係ない。

そういうのはガン無視して、自分がやりたいことをやっていきましょう。

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