ホント、世の中には色んな情報があるな、と思います。
色んな情報があるということは、色んな価値観があるということ。
ここで、自分を持たないままに情報に触れすぎると、ちょっと困ったことが起こり得ます。
それは、混乱、です。
もう、どうしていいか分からない、というような。笑
結構あるなーと思っているのが、
お金というものに対してそこまでエネルギーを注げない人がいるとしましょう。
で、もう一人、お金というものにものすごいエネルギーを注げる人がいるとして。
後者は前者に、「もっと頑張れ!」と言うわけです。
お金を稼げるということは、一般的に「行動している」という認識にもなるし、
「すごい」ということにもなるわけなので、
お金にそんなにエネルギーを注げない人は、
「そうだよなあ、もっとやる気出してやらないとなあ…」となる。
けど、根本的にそこにそんなにエネルギーを注げないので、
あまり頑張れない。
頑張れないと、「やる気がない!本気じゃない!」と言われる。
で、自己否定。自分を責める、ということが起こる。
でも、人それぞれ、エネルギーを発揮できるポイントって違うと思うんですね。
今お金を稼げている人って、単純に、お金を稼ぐことが好きなんじゃないかと思います。
お金を稼ぐということそのものが好きで、そこに情熱を注げる。
もしくは、ビジネスとかマーケティングとかが、根本的に好き。
でも、結構、そうじゃない人も多いんですよね。実際。
で、お金とかビジネスとかマーケティングが好きな人は、
その自分のモノサシで人を見て、否定したり、まだまだだなと言ったりする。
すると、そのモノサシを強要された人は、苦しくなってしまう。
エネルギーを発揮できるポイントが違うから、どうしても頑張れないんです。
その「モノサシの画一化」が、人を苦しめているように思うんですよね。
ここで大事なのは、昨日のメルマガにも書いた、「自分を知る」ということ。
自分が本当にエネルギーを発揮できるのはどこなのか。
今、エネルギーを発揮して活躍している人は、
その人が持っているエネルギー源を万人も持つべきだ、と考えてしまう傾向にあります。
「何でもっと、このエネルギー源を元に頑張らないんだ!」
となるわけです。
でも、人それぞれエネルギー源は違う。
愛する人のためなら頑張れる人もいれば、
自分の好きなことをただ純粋に追いたい人もいる。
楽しいことを追うことが重要な人もいれば、
自己成長できるということが最もエネルギーを発揮するものになる人もいる。
人それぞれ、エネルギー源が違うということは、
人生の行き着く先、目指すところも違うということです。
そして、違っていて良い。
というか、違って当然。
だから、人がガンガンにエネルギーを発揮していたとして、そして、その人が何かのために頑張っていたとしても、
その人と同じ何かのために頑張る必要はないと思うんですね。
自分は自分だし、
自分自身にあるエネルギー源しか、自分にはないわけだから。
「自分にはないエネルギー源を元に頑張れない自分」を責める必要はない、ということ。
なのです。
はい。
ということで、今回はこのへんにしておきますね。