自分の人生を生きるとは、無愛想で在るということ

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今日は栃木に行ってました。今はもう東京だけれど。

では本題。

今回、「無愛想」についての本を書いたのだけど、つくづく思うのは、周りに合わせるだけだとフラフラしてしまってどこにも辿り着くことができない、ということ。

「無愛想」というのはやり方だけの話ではなく、あり方の話でもある。

何かを選ぶということは、何かを選ばないということ。

さらに、何かを選ぶということは、それを選ばなかった人たちから低く評価される覚悟をする、ということでもある。

誰にでも「いいね」と言われることは不可能で、誰にでも「いいね」と言われようとすれば、結局、「自分」というものを失うしかなくなってしまう。

働きたい人は働きたくない人からすれば低く評価される対象だろうし、

働きたい人は働きたくない人を低く評価したくなるだろう。

どっちが良い悪いではなく、自分はどうしたいのか。

「自分はこうしたい」ということが一番大事なことで、「こうしたい」と言うということは誰かに低く評価されるかもしれない、ということ。

だからこそ、「無愛想」なあり方を身につける必要がある。

自分はこうだから。

と、自分の生き方を貫いた時に受けるであろう低い評価に、無愛想になる。

ああ、そうですか。と。

そうやって無愛想なあり方を身につけることで、自分の人生を生きることができるようになる。

 

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