<この物語はフィクションです>
「今日は、やけに静かだな」
「そういう日もあります」
「今日はゆっくりと飲ませてもらおうか。相談になど乗りたい気分ではない」
「どうぞ。あ、そういえば」
「何だ」
「書けたんですか、原稿は」
「書けているなら、連日この店に来たりはしない」
「うちは、書けない日が続いた方が助かるということですね」
「そうなる」
「最初、小説を書いていると聞いたときは、なるほどなと思いました」
「いつもは驚かれるがな」
「繊細な心をお持ちなので」
「その繊細さが見抜けるくらい、あんたも繊細なんだろう」
「いつ頃から書いているので?」
「3年ほど前だ。まあ、大して売れもしていない。売れもしないが、書きたいという気持ちが消えたことはないな。時々、なぜ書く、と考えるが、考えて分かるのは、考えても無駄だということだけだ」
「一旦複雑さの中に入った人が、単純さに戻ってくる様は、良いものです」
「いきなり難しいことを言う。
複雑になる必要があったのか、と考えてしまうこともあるがな」
「複雑さを経て単純さに至った人間は、強いんですよ」
「そんなもんかな」
「そうだと思います」
「あんたは、面白い人だ」
「お互い様です」
カランカラン。店のドアが開く音がした。
「…誰か来たようだ」
見かけない男が入ってきた。キョロキョロと店内を見渡し、店内に私しかいないことが分かると、こちらに向かってくる。
「ここに、相談に乗ってくれる人がいるって聞いたんですけど、いますか?」
「さあ、今日は来てないようだが。残念だったな」
「そうですか、残念です」
「そういう日もある」
「出直します」
「それがいい」
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