表面的キラキラを追いかけるより、自分の好みを追いかけた方が人生はまじで楽しくなるよ。

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自分、京大法学部を中退しているんですけども、

そのときしたことって、とにかく「好きに生きていいっていう許可」だった。

これ案外難しくて、それまでずっと、とにかく「ちゃんと生きなきゃ」ってまじ思わされてたんだよね。

当時は今よりもうちょびっとだけ、普通じゃないことへの締め付けは強かった。

今は逆に会社辞めたい人がたくさんいるみたいで、少し違ってきている感じはするけど。

 

京大とかにいると、みんなエリート思考。

法学部だし。

弁護士、検察官、大企業…

そういうのばっかで、いや全然いいんだけど、自分のテンションは上がらなくて。

 

なんか大変そう

 

って普通に思っちゃったんだ。

その気持ちを無視できなかった。

 

例えば弁護士だったら、ずっと事件に関係しながら生きていくわけで、最近は給料もそんなに高くなさそうだし、メリットも小さくなってる。

よほどの正義感というかやりがい、そこに対する使命感がなきゃ続かんだろうなあ、と。

自分にはそこの使命感があまりにも欠如していて、「まじ俺弁護士なったら人生キツイわ」って思ってた。

形とか、表面的キラキラはどうでもよくて、内側から充実感を感じられるかどうかがそのときの基準だった。

そこがないと人生キツイって、なんとなく感じてた。

 

でも、そう分かってても、なかなか好きに生きる許可は出せん時期が続いたよね。

でも結果的に、好きに生きていいって許可して生きてきたら、ものすごい楽しい人生になった。

今28歳なんだけど、活動は続いていて、

ただただ楽しい人生になったんだ。

仲間もたくさんできたよ。

 

そんな自分がいつも思うことは、

許可やべえ

ってこと。

 

思うから、イケジムでもいつも言っている。

許可したら本出せたし。

20代でビジネス書5冊っていうのは、本を書きたかった一人の男としては感無量の状況なわけです。

自分にもできるかなあ?と思うかもしれないけど、同じになる必要はなくて、

自分は自分の好きなスタイルでいけばいい。

 

それに人間って、そんなに大差ない。

差があるように見えるのは、「前提の違い」だけだったりするんだ。

自分を押し込める前提を持ち続けてると、本当にそっちに向かっちゃうから。

 

例えば、

自分がカッコよくなることに許可してたら、

自然に服もおしゃれになるし、髪型にも気を遣い始める。

でも、そうじゃなかったら全然関心を持たない。

じゃね、その前提の状態で5年過ごしたとしよう。

オシャレ度で言うと、ものすごい差になるよね。

5年あれば。

そういうことなんです。

 

前提を持ち続けた期間の長さ

 

によって『前提習熟度』が違うわけで、その習熟度によって差があるように見えるんだ。

5年あれば、全くオシャレじゃなかった人も雑誌に載れるくらいにはなりそうでしょう。

 

全てはトレーニング。

メンタルも同じ。

トレーニング次第で余裕で何とかなる。

 

で、何かを始めるのに一番良いタイミングは「今」。

 

遅いなんてことはないから。絶対。

自分も肉体トレーニングを最近始めた。

まじ最近。

でも、本当に体は変わってきていて、遅すぎることなんてないんだなと分かったよ。

 

今から少しずつでいいから、自分の好みを追求していこう。

人と違っていいからね。

自分のカッコイイを極めていくんだ。

 

そうしたら、人生はまじで楽しくなるから。

 

我が息子「無愛想のススメ」もよろしくです。

 

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