<この物語はフィクションです>
とにかく、酒が飲みたい気分だった。
そのバーに行くのは二度目。
一度目に行ったとき、気になる男がいた。
カウンターに座っていた、どことなく凄みのある男。
その晩、一人の男がカウンターに座っていた男に絡んでいった。何かを喚き立て、怒ったように店を出て行ったが、そのときも、その男に慌てた様子はなかった。
その様子が、なぜか心に残っていた。
今日も男はカウンターに座っていた。マスターと何やら話している。近くに女性も座っているようだった。
話しかけると、男は面倒くさそうに返事をした。
「何だ」
「特に何かってわけじゃないんですが。一度話してみたいと思ったので」
「そうか」
「いつも一人で飲んでいるのですか?」
「そうだが、最近は相談なんかを持ちかけられることも増えてな。一人で飲むことも減ってきた」
「相談、ですか」
「ああ」
「私も、相談しようかな」
「相談したいことがあるわけでもないのに、無理にするもんじゃない」
「ないわけじゃ、ないんですよ」
「女にでも振られたか」
「振られるところまで、いっていません」
「傷つくことすらできないか」
「…はい」
「そうか」
「どうすればいいんでしょうか」
「…。ちょっと待て。おい、そこの」
男は急に、横に座り、一人で飲んでいた女性に声をかけた。
「何、私?」
「そうだ。ここにいる男が、君に惚れたと言っている」
男は、私を指差しながら、女性に告げた。
「ちょ、そんなこと言ってないじゃないですか!」
「照れるな」
「照れているわけじゃありません!そんなこと言っていない!」
「悪いな、こいつはシャイなんだ。でも、いい奴なんだぜ。なあ、どうだ、こいつ」
「急に言われても。話してもないし」
「これから話せばいい」
「嫌よ、あたし。そういうの」
「ダメか?」
「…そうね。ダメ」
「分かったよ。ありがとう」
なぜか、自分が振られたことになっている。
「おい、残念だったな。振られたぞ」
「振られたも何も、私は別に好きだったわけじゃない」
「しかし、チラチラ見ていたじゃないか。キレイだと、思っていたんだろう。惚れたという言葉も嘘ではない」
「それは…」
「だがな。お前は振られたんだ。どうだ、振られた気持ちは。傷ついたか」
「それなりには…」
「立ち直れないか」
「そこまでは」
「振られた自分は、みじめか」
「そんなことはありません」
「そうだろう」
「いつもなら、伝えることすらありませんから」
「怖れていたことが実際に起こったとしても、そんなもんだ。そんなものでしかないものを怖れて、俺たちは何もできないでいる」
「それを伝えるために?」
「言葉で伝えるのも良いが、やってみた方が早いからな。まあ、伝えるためというよりも、面白がってやってみただけさ。案外、楽しめたな」
「ひどい人だ」
「そうさ。いい人だとでも思ったか」
「腹が立つな。でも、同時に、何かを教わった気もします」
「教えたつもりはない。ただ俺が楽しみたかっただけだ」
「また、来ますよ。このバーに」
「好きにすればいい」
「次は俺が、全く同じことをしてやりますよ」
「やられる前に、お前など無視して口説いてるよ」
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