自分には価値がないと悩む31歳サラリーマンの人生が変わり始めた理由

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<この物語はフィクションです>

いつものバーのドアを開ける。客はまばら。もしも満席に近い状態だった場合は帰ることにしているが、今日は帰る必要はなさそうだった。

いつもの席に座り、マスターに声をかける。

「マスター、ビール」

「ビールですね。分かりました。あ、そう言えば」

「何だ」

「最近、たまに電話がかかってくるんですよね」

「どんな?」

「今日はいるのかって」

「誰が?」

「あなたが」

「どういうことだ」

「このバーで、相談に乗ってくれるオヤジがいるって、だんだん広まってきているみたいですね」

「まさか」

「本当です。ほら」

後ろを振り返ると、一人の男が立っていた。

「あなたが、相談に乗ってくれるという方ですか?」

「そうらしい」

「らしい?あなたなんですよね?」

「まあ、座れ。何を飲む?」

「ジントニック」

「マスター、ジントニックだそうだ」

「はい」

何人目になるか分からないが、確かにそれなりに相談に乗ってきた。まさかこんな風に広がるとは思ってもみなかったが、色んな人間と喋ってみるのも悪くはない。ちょうど次の小説を書くネタに困っていたところでもあり、見知らぬ人間と会話を重ねることは小説家にとって悪いことではないだろう。

それに、最近はこういう場が少なすぎる。

「で、どうした?」

ジントニックを一気に半分ほど飲み、男は言った。

「私は今31歳で、サラリーマンをしています。結婚はまだしていません。今悩んでいるのは、職場での問題です」

「どんな問題なんだ?」

「この年でこんなことを言うのは恥ずかしいのですが、職場でいじめられています」

「職場でのいじめか」

「はい。ここ1年ほど、ずっとです。私は元々気が強い方でもなく、ほとんど無抵抗の状態で…」

「そうか」

「1年間ずっと耐えてきましたが、もうそろそろ限界に近づいてきていて。会社に行くのが、すごく億劫なんです」

「そりゃあ、そうだろう」

「私は、どうすればいいのでしょうか?」

残っていたジントニックを一気に飲み干し、陰鬱な顔をして男はこちらを見つめていた。

「一つ聞きたい」

「何でしょう」

「いじめられたのは、それが初めてか」

「…いえ、そんなことはありません。これまでも何度か、そういうことがありました。やはり自分は元々いじめられるような人間なのだと思います」

「本気でそう思っているのか」

「私にはこれといった特技もなく、本当に平凡な、どこにでもいる人間なんです。私の代わりなど、どこにでもいます。最近よく言われる「取り替え可能な人間」なんです、私は」

「…あんた、父親と母親は元気か?」

「父と母ですか?はい、元気です」

「仲は良いか?」

「特別仲が良いということではありませんが、それなりに、普通の親子関係だと思います」

「そうか。父親と母親は今のあんたの状況を知っているのか?」

「知りません。この年になっていちいち親に報告するようなことではないですし、言ったところでどうなるわけでもありません」

「まあ、それはそうだろうな。だが…」

「…?」

「あんたの父親と母親は、あんたがいじめられるような人間だとは思っていないだろうし、いじめられていると知れば、本気で怒ったり、悲しんだりするんじゃないだろうか?」

「それは…」

「あんたは今いじめられているのかもしれないが、いじめられるような人間ではない。

いじめられて良いような人間ではない。

あんたの父親と母親にとって、取り替え可能な人間ではない」

「それは…そうでしょうけど…」

「あんた、兄弟は?」

「え、あ、弟がいます」

「弟がいじめられていたら、どうする?」

「そんな!弟はいじめられるような奴じゃありません。あいつは優秀な奴なんです。心根も優しいし、あいつをいじめるような奴がいたら、俺は許しません」

「そうか。

あんたの弟も、そう思っているかもしれないとは思わないのか?」

「……」

「俺は、あんたの職場のことは知らない。どんな人間がいるか。どんな雰囲気なのか。全て、分からない。具体的なアドバイスなどできないし、する気もない。

ただ言えることがあるとすれば、

あんたは今いじめられているのかもしれないが、いじめられるような人間ではないし、いじめられて良い人間ではない。

あんたはこの世界に一人しかいない。

これは綺麗事じゃなく、紛れもない事実だ」

男は、顔を上げずに下を向いていた。

「周りがあんたをどう扱っているのか分からないが、あんたのことを大事だと思ってくれている人のことを忘れないことだ。

たった一人でもそういう人がいれば、人間はへこたれない。

へこたれるのは、そういう人がいるということを忘れてしまったときだ」

そう言うと、男はゆっくりと顔を上げた。

男と、目が合った。

男の目から、涙が溢れていた。

「周りどうこうではなく、まず、あんた自身が自分の価値に気づいてもいいんじゃないか」

そう言って、私はビールを飲み干した。

つかの間の沈黙の後、男が口を開いた。

「ありがとうございます。もう、大丈夫です」

「具体的にどうするかは、あんたが決めるんだな。俺はそこまで面倒を見るつもりはない」

「十分です」

「マスター、俺にジントニックをくれ」

「私は、ビールを」

「話は以上だ。飲もう」

「飲みましょう」

その後のことは、覚えていない。

久しぶりに飲みすぎた。

まあ、たまにはそういう日があってもいいだろう。

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