思いがけない結果の裏側にあるモノ。

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自分が京大を受験する!と決めたとき、

うちの父親は、

 

「なぜ、東大じゃないんだ?」

 

と驚きの発言をし、

うちの母親は、

 

「やりたいようにやりなさい」

 

と言った。

 

これって、今振り返ってみれば結構最強の対応で、

 

父親は、

「お前は本来、もっとできる存在だ」

という「自信」を与えてくれて、

母親は、

「たとえ失敗しても、何も変わらない。大丈夫」

という「安心」を与えてくれたわけだよね。

 

自信と安心。

 

だから、実際、受験しているときに失敗したらどうするとか、2浪したらどうするとか、頭に浮かぶことが本当に少なかった。

 

逆に言うと、そういう心境になれたのは、そういう環境があったからだとも言える。

 

人は周りに誰がいるか?で、本当に人生変わっちゃう。

 

ちょろっと悩んでいることを人に話したときに、人ってアドバイスが好きだから、なんやかんや言うわけだよね。

でも、たとえばそれが恐れから生まれるものだったりすると、事態は逆に悪化することだってある。

(例えば、恋愛相談とかも、相談相手間違ったらそれだけで終焉を迎えちゃう。他にいくらでもやりようはあったケースって本当に多い)

 

どんどん、

 

恐怖をベースにする方向

心配をベースにする方向

焦りや不安をベースにする方向

自分は認められていない、愛されていないをベースする方向

 

に進んでいく。

 

たとえ才能があっても、力があっても、そのメンタルをベースにしたら、うまくいかない方向、楽しくない方向にどんどん進んでいって、

結果、やめちゃうんだよね。

で、やっぱり自分にはできない、ってなる。

 

自分だって、京大を受験すると言ったときに、

あなたに本当にできるの?

と一言言われたら、多分やめてた。

京大行ってない。

 

だって、できるって確信あったわけじゃないし!

こっちだってビビってるし!笑

そんなビビってる状態で脅されたら、そりゃ、やめる。笑

 

もしそうなっていたら、京大に行ってないわけだから、本を出すことも、好きなことを仕事にすることも、何もかもがなかったはず。

 

つまり、周りの声かけ、対応、状態によって、人生は大きな影響を受けるってことだし、実際に今現在進行形で受けてる真っ最中だということなんだ。

 

だから、誰といるか、誰と付き合うか、誰と一緒にいるか、誰の言葉を聞くかっていうのはすごく大切なこと。

 

これまでと変わらない言葉を聞いて、

これまでと変わらない扱いを受けて、

これまでと変わらない前提から行動する。

だから、これまでと変わらない現実が続く。

 

もしもその現実が自分が心から望むものなのであればいいのだけど、

そうじゃないなら、より良い状態で動いていくことが大事。

 

より良い状態で動けるような環境を、愛する自分のために用意してあげることが大事。

そういう環境を選ぶってことが、ある意味、自分への愛でもある。

 

理不尽な扱いを受け続けている場所に居続けるっていうのは、自分への虐待だから。

自分にとって居心地の良い場所を選ぶ勇気。

勇気というか、本来はそれが当然。

不必要にネガティブな言葉をかけられる必要なんて一切ないし。

 

人って本当に扱われ方で変わっちゃう。

 

ダメなやつ扱いを受ければ、本当にダメなやつになる。

今どれだけダメなやつに「見えた」としても、そうじゃない扱いを受ければ、本当にダメじゃなくなっていくんだよね。

 

一見ダメなやつに「見える」人をダメなやつ扱いすることほど、簡単なことはない。

大事なのは、まだ表面には見えないその人の素晴らしさを、見抜き続けること。

 

そこから変わっていく人、数え切れないほど見てきたから。

 

だから、人は本当に変われる、って思うんだ。

 

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