人から軽く扱われる、舐められる、ないがしろにされるのはなぜなのか?

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こんにちは、池田潤です。

自分が自分を軽く扱っているとき、人からもそのように扱われる。

そういうことがあります。

以前、「心の底から笑うために、無愛想の練習をしよう」という記事を書いたのですが、その記事と言っていることは同じで、

人から軽く扱われる、舐められる、ないがしろにされる、いじめられる、というのは、自分自身が自分に価値を感じていないときに起こったりするものなんですね。

私自身、何度も何度もそういう経験をしてきました。

軽く扱われるのは、自分が自分を軽く扱っているから


 

だからこそ、とも言えるのですが、私が伝えたいメッセージの核心部分は「自分に価値を感じていい」ということ。

そのために色々とプログラムを作って実際に関わりを持っていったり、本を書いたり、ブログで物語を書いたり、色々とやっています。

自分に価値を感じることさえできれば、軽く扱われることもなくなるし、恋愛も上手くいきます。

簡単に言えば、モテるようにだってなっていく。自然に。

それくらい、自分に価値を感じるというのは大事なこと。

自分を愛すると言い換えてもいいですが。

自分に価値を感じていないと、表情や態度や言葉や何から何まで「卑屈」になってしまう。

卑屈になるとは、自分が自分自身を軽く扱い、他人の方が自分よりも価値があると感じている状態です。

卑屈さを見た周囲の人は「ああ、この人はそのくらいの価値の人なんだな」と思い、

実際にそのくらいの価値の人であるように扱うのです。

周囲からの扱われ方を決めているのは「自分自身」である


 

周囲の人に自分を軽く扱わせたのは、実は自分自身だったりします。

自分を大切にしていない感が、周囲に伝わってしまった。

私はよく「嫌われてもいい」とも言います。

それも同じで、たとえ人から嫌われたとしても、自分には価値があるし、自分は自分でいい。

嫌いになるかならないかは相手の自由だし、それはコントロールできないことです。

嫌われたならそれはそれで仕方ないし、嫌われたからと言って、無理に自分を変える必要などありません。

しかし、これは昔ずっと私自身そうだったからわかるのですが、

自分に価値を感じていないときは、必死に「怖れ」から、自分を変えようとしてしまいます。

その「自分を変えようとする動機」というのが、結局のところ、嫌われないため、好かれたいため、になってしまう。

ただ、私もそこで大きく失敗したのですが、その姿勢でいると、自分を変えるための努力はかなりしんどいし、自己否定が終わりません。

主が「他人」。従が「自分」。

という形になってしまうのです。

大事なことは、自分が自分に価値を感じること


 

自分が興味ないものはないでいいし、無理に嫌いな人と付き合う必要はないし、気の合わない人は合わないままで放っておいてもいい。

まずはそこから始めてみる。

自分に価値を感じることができない人は、どうしても周囲の人が自分をどう思っているのかが気になりすぎて、その人たちに気に入られるように色々と策を講じます。

でも、それってホント、きついんですよね。

私は、小学校5年生のときからそんなことをずっとやってきた「ベテラン」で、その気持ちを感じ続けて生きてきました。

だからこそ、なかなかそこから抜け出せないという人の気持ちも、自分のフィルターということにはなりますが、よく分かります。

自分に価値を感じられなかった人が、今自由に楽しそうに生きている人と同じように、いや、それ以上に自分に自信を持って、楽しく生きられるようになる。

恋愛も楽しんで、ビビることなく好きな人に好きと言える。やりたいことをやれる。人生を謳歌する。

少しでもそんな手伝いができれば嬉しいし、それは全然可能なことなんですよね。

だから、もしあなたが今回の記事に書いたようなところがあったとしても希望を持って欲しいし、自分には価値があるのだということを、少しずつでも知っていって欲しいなと思います。

 

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