<この物語はフィクションです>
パン屋に並んでいた。
最近テレビでも取り上げられた人気のパン屋らしく、行列ができている。
クリームパンが、絶品なのだとか。
普段ならこんな列に並んだりはしない。
女に頼まれたのだ。
頼まれただけなら断ることもできるが、
「最近全然会ってくれない!」とご機嫌斜めだった。
確かに、会っていない。
そういう事情もあって、行列のできるパン屋にクリームパンを買うために並んでいる。
前にもかなりの列が並んでいるが、後ろにも並んでいて、すぐ後ろには中学生らしき男の子がいた。
並んでいると、前方が騒がしくなってきた。店員が人数を数えている。
「19、20、21…はい、ここまでですね。すいませーん!売り切れです!この方より後ろの方、申し訳ございません!」
ちょうど自分が最後の一つだった。
後ろから「マジかよ」「信じられない」といった声が聞こえてくる。
すぐ後ろに並んでいた中学生も、同じ気持ちだろう。
「ごめん、店員さん」
「なんですか?」
「腹が痛いから、やっぱりいい。後ろのこの子にあげてくれ」
それだけ言って、その場を去った。
少し歩き、女に電話をしようと思っていると、後ろから「すいません!」と声がした。
さっき後ろに並んでいた中学生だった。
「譲ってくれてありがとうございます」
「腹が痛くなったんだ」
「嘘ですよね。トイレ行ってないじゃないですか」
「そういうのじゃなくてな」
「半分どうぞ」
綺麗に半分に分けられたクリームパンが差し出された。
「俺が食いたいんじゃないんだ。女に頼まれたんだよ。だから、お前が食え」
「え、彼女さんに怒られないんですか?」
「バカにしてるのか?」
「?」
「子供に譲ったと言って怒るような女じゃない。話せば分かってくれる」
「…。あ、やっぱり譲ってくれたんだ」
「うるさい」
「じゃあ、お言葉に甘えて、食べます」
少年は、美味そうにクリームパンを頬張り始めた。
「ところで、今日は平日だよな。学校は休みか?」
少年の顔が暗くなる。
「…僕、学校行ってないんですよ」
「不登校というやつか?」
「そうです」
「へえ、いいね」
「え?」
「勉強せず、美味いクリームパンが食える。最高じゃないか」
「そんなこと、言われたことないです。このクリームパンを買いに来るのも、本当は良くないことなんですけど。でも、好きだから…」
「好きなもの、美味いものを食うことが悪いなんて、誰に教わった?」
「いや、でも、学校行ってないですし…」
「行きたくなくなるときなんて、誰にでもあるもんだ」
「…」
「お前、育ち盛りなんだからクリームパン一個じゃ足りないだろう。飯でも食おう」
「いや、え、でも…」
「いいから来い」
躊躇する少年を連れて、すぐ近くにあったファミレスに入った。
「俺はこのクリームパスタとホットコーヒー。お前は何にする?」
「え、じゃあ、このハンバーグと、あと、コーラ」
「それで」
「はい!かしこまりましたあ〜!少々、お待ちくださいませえ〜!」
おばちゃん店員は、元気が良かった。
店内は混んでいるとも空いているとも言えない、微妙な混み具合だった。
「どれくらい、学校に行ってないんだ?」
「2ヶ月くらいです」
「理由は?」
「よく、わからないです」
自分が学校に行きたくなくなった理由をうまく言葉にできる中学生などいないか。野暮なことを聞いた。
「彼女は?」
「いるわけないじゃないですか!」
「そんなことない。そのうちできる」
「できませんよ!学校にだって行けないのに。気休め言わないでください」
「気休めじゃない」
「僕には色んな問題があるんです」
「お前に問題などない」
「ありますよ!何でないなんて言えるんですか?」
「クリームパンを半分あげなきゃなんて思う奴に、問題があるなんて思う方が問題があるとは思わないのか?」
「でも、運動もできないし、勉強もできません」
「どうでもいい」
「人とも上手く話せません」
「どうでもいい。というか、今俺と、上手く話せてるじゃないか」
「あ…」
「みんなから否定される、されていると思って、本来の自分を出せていないだけだ」
「否定されるのは怖いです…」
「まあ、そうだろうな。俺だって怖い。普通のことだ」
「…」
「終わりにしよう。俺はお前と単に男同士で飯を食っているのであって、お前の悩み相談など聞く気はない。男と男の話をしよう」
「男と男の話?」
「好きな女のタイプは?」
「それが、男と男の話なんですか?」
「そうさ」
「くだらないですね」
少年が笑う。
「くだらなくない。重要な話だ」
「そんな話したことないですね。みんな僕を、腫れ物に触るみたいに扱うから」
「それこそがくだらないことだ。お前は一人の男だ。そして、心優しい男だ」
少年が、下を向く。
「お待たせいたしましたあ〜!!こちら、クリームパスタでございまあす!!」
「どうも」
「こちら、ハンバーグでございまあす!!」
「はいはい」
「ごゆっくりどうぞお〜!!」
おばちゃん店員は、大きなケツを振りながら元気に去って行った。
「なあ」
「はい」
「ちょっとうざくないか?あのおばちゃん」
「ですね」
少年が笑う。
「だよな」
「けど、こっちも元気もらいますよね」
「それもそうだ。お前、いい奴だな」
「でしょう」
「調子に乗るな」
少年が、笑う。
その笑顔は、今日一番の笑顔だった。
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