<この物語はフィクションです>
1日、原稿を書いている。だが、思うように進まなかった。
進まない理由。
それは、 魅力的な人物をなかなか描くことができないことだ。
ここでの「魅力的」というのは、良い意味ではなく、悪い意味で、だ。
つまり、どうしようもない人間、欠点を持った人間、人間らしい愚かな面を持った人物を上手く描くことができない。
コーヒーを飲み、他の小説家の小説を読み、もう一度、コーヒーを飲んだ。
それでも、良いアイデアは思い浮かばなかった。
時間は、午後11時15分頃。もう遅いが、バーに行くには頃合いだろう。外出の準備をした。
白のシャツにジーンズという定番の格好に着替え、外に出る。
若干肌寒かったが、夏の暑さをまだ忘れていない今頃は、それくらいがちょうど良い。
バーに着くと、いつもの席に座った。
マスターが注文を聞き、ビールと答える。
ここで、人生相談のようなことをやるようになった。
どのようにして始まったのか、自分でも覚えていない。気づいたら人が集まるようになった。
何度かやって、面倒だと思うこともあったが、実際、小説家にとって色んな人間と会話をすることは悪いことではない。
今日に限って言えば、ここで誰かと会話することで何かが見えてくるのではないかと思ったのも事実だ。
そう思っていると、一人の男が近づいてきた。
あまり、運の良さそうな顔はしていない。
普通なら自分からこの男に近づこうとは思わないだろう。むしろ、避けるはずだ。関われば、面倒なことになる。見た瞬間にそう感じさせる男というのが、世の中にはいる。
俺の中では、この男はそんな男に見えた。
男の話は、悩み相談というより、愚痴だった。
上司がどれだけ無能であるか、どれだけ自分の仕事が大変か。
こちらが何かを言っても、受け取らない。
そもそも愚痴を聞いてほしいのであって、自分のことを分かってもらいたいのであって、何かを解決したいとかそういうことではないのだろう。
こちらの言うことを聞いている風な相槌を打ってはいるが、何も聞いちゃあいない。
それが分かると、何かを言おうとするモチベーションを失い、そもそも話を聞いていることも苦痛で、この男への関心はほとんどなくなった。
マスターに、ウイスキーを注文する。
だが、この男の姿もまた紛れもない人間の一つの姿だ。
俺にだって、愚痴りたいときはある。分かってもらいたいときもある。
この男が持っているものを、自分もまた、持っているのだ。
ということは、この男を否定するということは、自分の一部を否定するということなのか。
そんな思いが頭をよぎる。
まあ確かに、俺もまた、この男と同じような部分を持っているだろう。
だが、そうでないあり方でいることもできるはずだ。
俺は男として、この男のようになりたいとはどうしても思えなかった。
たとえ自分の中にも同じものがあるとは言え、この男のようになりたくはないし、なりたくはないという自分自身の思いを尊重すべきだろうと思えた。
俺はやはり、自分が「これでいい」と思える生き方をしていたい。
この男を見ることで、そんな思いが強くなる。
そういう風に思えるのであれば、この男の存在が、俺の存在をより確かなものにしてくれている。
そういうことにならないか。
俺がどう在りたいのか。どんな男でいたいのか。
自分が在りたい姿が、この男を通じて、より鮮明に見えてきたのだ。
やはり人は、人と関わる中でこそ、自分を知るものなのか。
今日1日小説の良いアイデアが思い浮かばなかったが、この男のおかげでそれも解決するかもしれない。
そう思えば、この男に一杯おごってやってもいいという、そんな気分になっていた。
気づくと、男は語気を強めて私に向かって話かけていた。
「…最悪なんですよ。ねえ、そうは思いませんか?ねえ、聞いてます?」
「あ、ああ。最悪だね、そりゃあ」
「でしょう!ほんとに…」
今日だけだぜ。
そんなことを心の中で思いながら、ウイスキーを飲み続けていた。
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