卑屈な心から解放される方法。劣等感で落ち込んで動けない状態から抜け出すために必要なこと

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人と自分を比べてしまう。自分はダメだと感じてしまう。

そういう心が自分の中にあるとき、卑屈な心が自分の中にあるとき、どうすればいいのか?

この記事では、「卑屈な心」について書いていきたいと思います。

バカにしてくる人、バカにされてしまう環境


 

大抵、自分に自信がなかったり、卑屈になってしまう人は、そういう人や環境の中で生きてきた時期があるものです。

ある意味、「バカにされる」という経験をし、「自分はバカにされる存在である」という扱われ方をしてきたということ。

例えば、学校というのは受験勉強や恋愛、運動など、一定の指標で優劣がつくような環境です。

しかも、実際に、勉強だったら「点数」という形で明確に順位付けもされます。

偏差値もそうですね。

根本的に上下という概念がごく当たり前に生まれる環境に身を置いていることになります。

競争するということが当たり前なわけで、その中でなかなか結果を出せないとなると、「ダメな奴扱いをされている」と自分自身が感じるようになります。

実際にそうされていなくても、です。

優越で自己価値を感じる人が経験する苦しみとは?


 

逆に、結果を出した人は結果を出した人で、人に対する優越感を持ち、人をバカにする人になります。

ただ、その人もまた苦しむことになります。

人をバカにしていたとしても、表面上はみんな仲良くしてくれます。

なんてたって、結果を出しているからです。

何も言えないな、と周囲の人は感じる。「結果という権威」を振りかざしている状態です。

しかし、表面上は仲良くしてくれていても内心は「あいつなんだよ」と思う人が徐々に増えていきます。

表には出しませんが。

ただ、どこかの時点で、誰かが「あいつ嫌いだ」と本音をこぼした瞬間から、「分かる分かる」となってクーデターのようなものが起こることも。

人をバカにしていた人がいじめられたり、引きずり下ろされたりといったことが起こります。

いじめる方を「ドリームキラーだ」などと考える人もいるかと思いますが、

ある意味、人をバカにする「あり方」から行動を起こしたことからの「必然の結果」だとも言えます。

その人が、人をバカにする「あり方」と向き合わない限りは、どこに行っても同じようなことが起こるでしょう。

いじめた側はいじめた側で、引きずり下ろせたことから優越感を持ちますが、結局はそれでもまた違う誰かに劣等感を刺激され、卑屈になり、苦しむということを続ける。

ある意味、「上下のゲーム」をしている状態になるわけですね。

自分には価値があるとは、上下のゲームから距離置くこと


 

いつも上がったり下がったりで、落ち着く暇がありません。

私がブログによく書く「自分には価値がある」というメッセージは、そもそも上下というもので自分の価値を証明する必要などないのだ、ということです。

(そのことを体感することで上下のゲーム内で起こる不毛な争い、そこから生まれる感情の乱れから距離を置くことができる)

そのゲームを俯瞰してみる「視点」を得るということでもあります。

さらに、この上下のゲームに深く入り込んでいる人は、いつも自分が上になることを考えているので、

「相手のネガティブな面」「相手の悪い面」を見るようになります。いつも視点が先にそこにいく。

そこを見ることで「自分を上にするための材料」を集めているのです。

批判的、中傷的な視点を相手に向けるようになり、そこで優越感を感じるようになります。

しかし、そんな人と一緒にいたいと思う人はいるでしょうか?

いません。

近くにいる人は、そういう視点を向けられていることを感じますから、嫌な感じがしてあまりそばにいたくない、と感じます。

ポジショントークマンにご用心


 

そういう人は外側では上手くいっているように見えますが、身近な人や内部の人が反乱を起こしたりするもの。

外では「与える」「愛」「貢献」とか言っていても、近くにいる人にそれをしません。

その人の本当の姿は「近くにいる人の本音」を聞けば分かります。

だから、私は人を見るときは、その人の身近にいる人が幸せそうかどうか?で判断したりします。

近くにいる人に与えることができないのに、多くの人に与えることなどできるわけがないからです。

結局、そういう人は「集客のため」「お金のため」「よく見せるため」「これからは綺麗さがないとビジネスにならない」と考え、綺麗なことを言っているだけのポジショントークマンなのです。

ポジショントークマンかどうかは、近くにいる人を大事にしている人かどうかで全て分かります。

隠すことはできません。

ある人間関係の中で上下のゲームの上に位置する人は、調子の良いときはみんなを卑屈にすることでチヤホヤされます。

でも、それは表面的な部分だけで、みんなは内心イライラしたり、バカにされている感じを抱いている。

つまり、本当にはその人に愛情を持っていないし、心から一緒にいたいとは思えない。調子を合わせているだけ。

なんてたって、結果も出しているイケイケ状態だからです。

しかし、風向きが変わると、一気に今まで溜まっていた鬱憤が発散されます。

苦しいときに、誰も心から助けたいと思ってくれないのです。むしろ、今までバカにされてきた人たちの鬱憤が発散され、悪口や陰口を言われるようになります。

そして、どんどん孤立していくのです。

ちょっと、卑屈ではなく優越感を感じている人の方の話になりすぎましたね。話を戻します。

卑屈な心から解放されるために、必要なこと


 

卑屈さを感じるという人は、上記のような状況があるのだということを客観的に認識してみてください。

実際、この社会で生きていれば、意識の高い人ばかりではありません。

だから、優越感を持っている人、バカにしてくる人、色んな人がいます。

その「現実」の中で私たちは生きているわけです。

だからこそ、「今、何が起こっているのか」ということに対する俯瞰した客観的視点を持つことが大事になります。

劣等感を刺激された、卑屈さを要求された、卑屈になった。

そういうときに、なぜそうなっているのかということを俯瞰して見る「視点」を持つことで、視界が開けてきます。

大事なことは、客観的視点を得た上で、

『自分がやるべきこと、やりたいことを淡々と行うこと』です。

感情を乱され、その乱された感情をどうにかすることだけに人生の時間を取られていては、人生を体験し、楽しむことができなくなります。

大事なことは、自分が自分の願望を実現し、この人生を最大限まで楽しむこと。

「何が本当に大切なのか」を見失わないこと。

そのために、卑屈な心とはなぜ生まれたのか?今自分が卑屈になっているのはどうしてなのかに対する理解を得ること。

客観的視点を持つこと。

「何が起こっているのか」を理解できるようになってくると、気持ちも安定してきます。

そうなってきたら、周囲がどうこうではなく、自分の願望に向かって、自分がやりたいことを淡々と行っていけば良いのです。

自分をバカにする人に会えば、劣等感が刺激されることもあるでしょう。

でも、そのときも「何が起こっているのか」を見失わないこと。

その人の「あり方」が自分の卑屈な心を刺激したのだと理解し、そのゲームに乗らないことを選択する。

そして、淡々と自分がするべきことをすればいいのです。

 

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