イケジムではよく「高く評価する」という話をする。
これは別の言い方をすれば「ジャッジしない」ということでもあって、これって結構な深いテーマなんですよね。
というのは、ジャッジをしたものに自分はなれない、という性質が人間にはあって、
どうしても現実が変わらない、モヤモヤした毎日になっているという場合、
自分の「願い」と「正しさ」が真逆の方向になってしまっている、というケースがある。
典型的な例は、お金。
お金は欲しい。だけど、お金持ちに対する偏見、お金を稼ぐことに対する偏見が根強く自分の中にある。
それがすなわち、ジャッジですね。
そこがあると、お金を稼ぐことはどうしてもできない。自分の中で強い抵抗がある。でも、お金は欲しい。
「あーーーーどうしたらええねん!( ´Д`)」
って、そりゃなる。笑
そりゃ苦しい。
結局そういうときって「行動」の問題じゃなくて、要は「状態」の問題。
何で行動できないんだろう?ということと向き合ったときに見えて来るのは、
自分の心の中の「偏見」が原因だったりするわけです。
だから、そういうときは「高く評価するトレーニング」を愚直にやっていた方が、次のステップが見えてきたりする。
他にも例えば、「誘うことは相手に迷惑なこと」なんて偏見があることもある。
そういう偏見を持っていると、人間関係で困難を経験したりする。
本当はこうしたいのにできない、というフラストレーションが溜まっていく。
あとは、失敗したら自分には価値がない、完璧じゃないと価値がない、とかもそう。
(その偏見も、失敗許容力をメントレすることで改善可能)
こういう話を「聞いたことがある」というのはあまり意味がなくて、
「本当に」偏見から解放されることが必要。
それは今までの正しさを手放すということであり、
他人の正しさも認めるということであり、自分の器を広げていく、自分や他人をもっと認めていく、という作業になってくる。
これ、そんなに簡単じゃないもの。笑
そう簡単に人は自分の正しさやこれまでの思い込みから解放されるわけじゃない。
だけど、解放されない状態では思うように行動できないし、どこかで壁にぶつかったり苦しい思いをしたりする。
だからそこに取り組むというのはかなり大事なことで。
思うように前に進めない場合には結局、自分を止めているものがある、ということ。
それは「自分のせい」なのではなくて、正しさのせい、その正しさを生んだ経験のせいで、自分を責める必要も否定する必要も一切ない。
自分の願いに対してアクセルを踏める。
無駄にブレーキを踏まない。
ブレーキをもっと緩める。
それは、これまでの自分の正しさや否定を緩めていく、ということ。
それができる「良い状態」になり、スムーズに自分の願望に向かっていけたなら、日常はもっともっと楽しくなります。
メンタルジム「イケジム」は、明日19時から再募集しますね。
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人が良くなっていくために本当に大切なことは何なのか?について考え続け生まれたメンタルトレーニングジムを運営しています。(現在は募集していません)
本も出版しています。
「無愛想のススメ〜人間関係が劇的に改善する唯一の方法〜(光文社)」 2016年12月発売。発売4日で増刷!
『自分の武器を見つける技術』2015年12月発売。発売1週間で増刷!