ヘッドホンで音楽を聴きながら原稿を書いていて気づいたこと

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ヘッドホンをつけて音楽をかけながら文章を書くことがある。

これが、悪くない。

集中できないように感じるが、逆に集中できたりする。

たまに音楽をかけないでヘッドホンをつけているだけのときもある。

あの、耳が圧迫される感じ。狭いところに閉じ込められる感じ。余計なことに意識を奪われずに書くことに集中できる感じ。

うむ。悪くない。

そうやって集中していると感じるのは、集中するということ自体が楽しい体験だということだ。

人生が面白くないのは集中できないからではないか、と思うほど。

言い過ぎかなあ。いや、そんなこともないと思う。

昔、受験勉強を教えていた。

ふう。遠い昔の話だ。

いや、そこまで遠くはない。笑

その頃というのは、今このブログをちょうど書いているこの昼の時間帯が鬼門だった。

大体、眠くなる。そして、だれる。

しかし、だれるにしてはこの昼の時間は長すぎるし、貴重すぎる。

基本的に受験生というのは時間との勝負であって、自分が受験生のときも基本的には受験勉強しかしない生活を送っていた。

あとは、バイトと。

当時、そこまで頑張っている感覚はなかったが、なぜ頑張っている感覚がなかったかと言えば、集中していたからなのだと思う。

集中していないときは考えるのも面倒くさいし、考えることが大変に思えてくるし、何かをするのが億劫になる。

けれど、集中してしまえば、そこまで面白いと思えないものであったとしても「集中しているという状態それ自体が楽しい」から、続けることができる。

そう。

集中しているという状態それ自体が楽しい。

今、やりたいことがないという人。

何となくやる気が出ないという人は、ひとまず集中できる環境を作ってみてはどうか。

ヘッドホンを買ってくるのも悪くないし、ノイズキャンセリングイヤホンでもいいし、耳栓でもいい。

案外、集中できていないことが問題の原因かもしれない。

小説なんかを読むときもそうだが、

集中していないときに読む小説ほど煩わしいものはないと思う。笑

漫画や映画ならビジュアルで表現するところを全て文字で表現されているわけだから、

イメージするのもエネルギーがいるし、そのイメージを作るための描写だって多くて当然だ。

集中力がなければ、小説はなかなか読めない。

集中力のない状態で小説を読めば面白くないが、集中力のある状態で読めば面白い。

そういうことだってある。

ということは、その小説が面白いか以前に、自分にある程度の集中が備わっていなければ、それが面白いかどうかも本当にはわからない、ということになる。

まあもちろん、一気に集中させてしまう小説こそが面白い小説なのだ、という意見があってもいいわけだが。

まあともかく、

集中してみよう、そうすれば何かが変わるかもしれない。

そんなことが書きたかっただけ。

です。

では、また。

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