<この物語はフィクションです>
隣に座っている男は、店に入ってきたときからこちらを気にしているようだった。
高価な物を身につけているが、どこか下品な印象を受ける。物が悪いのではなく、身につける人間の問題だろう。
高価なものがその人間を上手く表現している場合もあれば、逆にその人間の有様を浮き彫りにすることで、惨めに見えることもある。
この男の場合は、後者だ。
「おじさん、一人で飲んでるの」
「見れば分かるだろう」
「何やってる人?」
「なぜお前に言わなきゃならん」
「いいじゃん。ドタキャンされてね。話し相手が欲しいんだよ」
「日雇いで働いている」
マスターが、「またか」という目でこちらを見る。
「マジ?大変だね」
「お前は、稼いでいるようだな」
「へへ。ビジネスでちょっとね」
「すごいじゃないか」
「悔しくないの?」
「悔しい?」
「こんな若者に、収入で負けてさ」
多くの人間は、この男の前で卑屈になるのだろう。そして、この男にとってはそれが当たり前であり、快感なのだ。
「俺は、俺が生きたいように生きている」
「負け惜しみにしか、聞こえないけど」
「お前は」
「ん?」
「すごいと認めてもらうだけじゃなく、周囲の人間に卑屈になって欲しいのか」
「何言っているのか、分からない」
「お前は金を稼いでいる。すごいことだ。だが、それだけのことだ」
「何それ。友達になってあげてもいいんだよ」
「遠慮しておこう」
「意地張っちゃってさ」
話が噛み合わない。いい加減、付き合っているのが煩わしくなってきた。咄嗟に頭を働かせ、この男に去ってもらうにはどうすればいいか考える。
「……。実はそうなんだ。おじさんにも、意地くらい張らせてくれよ」
目の前で静かに酒を作っていたマスターが、必死に笑いを堪えているのが見える。
「へへ。まあ、何かあったら電話してきてよ。色々教えてあげるから」
「そうか。ありがとう、助かるよ」
「じゃ、俺、行くから」
「もう行っちまうのか。色々教えてくれないのか」
「俺も忙しいからさ。じゃあね」
「残念だ。じゃあな」
この手の男は、目の前の人間を通して優越感や自尊心が満たされた瞬間に、目の前の人間に対する興味を失う。目の前の人間は、自分の劣等感を癒す糧にすぎない。
「マスター、いつものビールを」
「はい。大変でしたね」
「それなりにな」
「それにしても…」
「何だ?」
「あなたの付けている腕時計、彼には見えなかったのでしょうか?」
「自分のことしか、見えちゃいないのさ」
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