<この物語はフィクションです>
「久しぶりですね」
「ああ、ずっと、書いてたよ」
「そうだろうと思っていました」
1ヶ月ほど、このバーには来ていなかった。小説の原稿に追われ、ここに来る余裕がなかったのだ。
いつからか、このバーで人生相談のようなものをするようになっていた。
俺がバーに来ていない間も、相談者は来ていたようだ。そういう人間の相手は、俺の代わりにマスターがしていたのだろう。
今日もバーには、相談したいことがあるという男が来ていた。
相談者は、27歳の男。
男は、ビールを注文すると、遠慮がちに話し始めた。
「やりたいことがあるのですが…」
「やればいいじゃないか」
「いや、でも、やれるかどうか不安で…」
「そりゃそうだろう。結果が出るか出ないかなど、分からんのだから。当たり前のことだ。
だからどうした?」
「あ、そ、そうですよね。いや、不安だから、やめとこうかなーとか思ってしまって…」
「へえ。じゃあ、やめればいいじゃないか」
「え!?いや、でも、やっぱりやりたいし…」
「じゃあ、そのやりたいって気持ちのことだけ考えとけ」
「でも、周りにはよく、できないとか、無理だと言われます」
「じゃあ、やめればいいじゃないか」
「え!?いや、でも周りの意見でやるやらないを決めるのって違うんじゃないかと思うんですよ。後悔すると思うんです」
「その通りだ。良いこと言うじゃねえか。じゃあ、やればいい」
「え、あ、はい。何か変だな…相談に乗ってもらっている感じがしません…」
「なんだ、お前、色んな人に相談してんのか」
「はい」
「あのな…」
マスターが、穏やかな表情でちらりとこちらを見た。目が合った瞬間、マスターが何かを伝えようとしていることに、俺は気づいた。
「…ふうん」
「何ですか」
「何でもねえよ」
「…」
「…」
「何が言いたいんですか」
「別に何も」
「…」
「…」
「今のやり取りをしていて思ったのですが、もしかして、僕、やりたいけど不安で、不安だから励まして欲しいだけなんですかね?」
「さあな」
「なんか、そんな気がしてきました」
「そうか。いいんじゃねえか、別に。人間、不安なときもあれば、励ましてほしいときもある」
「でも、何か、そんなことしていても、何もならないがしてきました。そう思いませんか?」
「そうだな、そうかもしれん」
「結果が出るか出ないかは分からないから不安だけど、周りからは無理だと言われるけど、
でも、それでも、自分はやりたいと思っているんだな…。
だって、不安だったらやめればいいし、無理だと言われたから無理だってことにしてやめればいいんですもんね。
でも、結局、やめようとしてない」
「…」
「結局、やっぱやりたいんだな、俺…」
「…」
「なんか、スッキリしました。あの、ありがとうございます」
「俺は何もしていない」
「そんなわけないじゃないですか!」
「本当だ。本当に何かをしたのは、何もしてない奴さ。今この場において「何かをする」ということは、何もしないということでもある」
「…??」
「いや、悪い。それはいい。悩みが解決したなら、もう帰るんだな」
男は、ありがとうございました、という言葉を残して、来たときよりも軽い空気感を漂わせながら帰って行った。
「マスター」
「何でしょう?」
「あんたがいなかったら、俺はあいつを言い負かし、最悪の場合、喧嘩して、俺もイライラするしあいつも何も変わらない、ということになっていたはずだ」
「そうでしょうか」
「とぼけやがって。あの場を作ったのは、あんただよ、マスター」
「そんなことは」
「…」
「…」
「あんた、目配せだけで人を変えちまうのか」
マスターはそのことには答えず、微笑みを浮かべながら静かに酒を作り続けていた。
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