※この記事は、これらの記事の続きです
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やけに若い男が入って来た。バーに若い男がやってくるのは珍しいことではないが、見た覚えのある男だったのが気になった。どこか陰鬱さと卑屈さを感じさせる雰囲気を持っていた。
男は、入ってくるなり誰かを探すような仕草を見せ、私と目が合うと驚いたような顔をして、こちらにやって来た。
「隣、いいですか?」
「ああ。どこかで会ったことがあるか?俺と」
「今日、コンビニで」
「ああ、あの店員の」
「そうです」
「一日に二度会うとは、奇遇だな」
「…ええ、まあ」
一瞬バツの悪そうな表情を見せ、それをごまかすように男はビールを注文した。
「今、何歳だ?」
「26です。26で、コンビニの店員をやっています」
「そうか」
「……」
「自分の人生に不満があるような顔をしているな」
「よく考えてみれば、不満しかないのかもしれません」
「へえ」
「俺は、大学はそれなりの大学に入ったんです。だけど、大学に入ってから特にしたいこともなくて。適当にバイトして金稼いで、サークルも週2くらいの軽いやつに入って、あとは友達と遊んで。彼女はできませんでしたけど。
そうしていたら就活の時期になったのですが、何となく乗り切れなくて。会社入ってもつらいことばかりがあるような気がしたんですよね。それだったら、自分のやりたいこと見つけて、それを仕事にしようと。
でも、実際何をやっていいのか分からなくて、とりあえず生活のために金は稼がないといけないのでバイトを始めて。
気づいたら、4年が経っていました」
「なるほどね」
「今となっては、自分がどうしたいのか分からなくなりました」
そう言うと、男は苦々しい顔をして、ビールを一気に飲み干した。
「お前、映画『ファイトクラブ』は観たことはあるか?」
「いや、ないです」
「ちょうどいい。マスター、あれ貸してくれ」
「あれって何でしょうか」
「おいおい、あれだよ。昔、あんた俺にやったじゃねえか。映画のパクリだって言って」
「ああ、あれですか。ちょっと探してくるのでお待ちいただけますか」
「そこはサッと出してくれねえとカッコがつかねえよな」
「そう上手くはいきませんよ」
そう言うと、マスターは奥の物置から黒い物体を出してきた。
拳銃だ。
こちらを向いた若者の額に拳銃を当て、引き金に指を置いた。
「お前は今から死ぬ。この銃に打たれてな。悪いが、この銃は本物だ。お前は俺を堅気の人間だと思っているらしいが、俺はヤクザだ」
「何を言っているのですか」
「まあ、聞け。お前がコンビニ店員だっていうのもちょうど良くてな。まあ、それはどうでもいい。お前は、無断でこの店に入ってきた。悪いが、この店は俺のシマでな。無断で入ってきていいような場所じゃないんだよ。入ってきた以上、死んでもらわなきゃならん」
若い男は、戸惑ったような顔をしている。
「まだ、信じちゃいないようだな。これでどうだ」
席を立ち、男の右脇腹を殴った。それなりに力を込めたので、男は席からくずれ落ちた。
「ぐ…、な、何をするんですか!」
本当に殴られたことに驚いているようだった。これまでの数年間、本当に殴られたことなどないのだろう。それもまあ当然のことだが。
「だから言っているだろう。お前は死ぬんだって。そうやって本気で信じない間に、お前の息は止まっている」
男の目が変わってきた。本当に私が拳銃で自分を殺そうとしているのだと、徐々に信じ始めている。
「警察を呼びます!あなたのことを訴えます!」
「そんなことをする前に、死んでるさ。この状況、お前がどうにかするしかないんだよ。誰のせいにもできない。お前が、どうにかするしかないんだ。誰かのせいにしたってこの状況は何にも変わらない。人のせいにして、人を恨んで、死んでいくだけだ。それでいいんだったら、そうすればいい。俺はお前に恨まれたところで、痛くもかゆくもないがね」
「……」
「一つ聞きたい」
「……」
「お前はいつから、人生にやられっぱなしなんだ?」
若い男の目が一瞬、見開いた。
「もう一つ聞く。お前は今から死ぬが、何かやり残したことはあるか?」
マスターが、かすかな笑みを浮かべてこちらを見た。
「やり残したこと…」
「そうだ。今、最初に頭に思い浮かんだことは何だ」
「声をかけたいのに、声をかけていない女の子がいる」
「そうか。よし。じゃあ、お前の代わりに俺が声をかけておいてやる。お前がやり残したことを俺がやっておいてやるよ。
そして、その女を俺が抱いてやる」
「何を言ってるんだ!!!」
男の目が本気になった。
「お前はもう死ぬ。その女と話すこともできない。だから、俺が代わりにやっておいてやるって言ってるんだよ。優しいだろう?
何だ、いつまでも人生は続くと思ったか?
いつまでもチャンスはあると思ったか?
いつまでも好きな女が、お前が勇気を出すのを待ってくれているとでも思ったか?
とんだ勘違い野郎だな。
だが、後悔してももう遅い。お前は死ぬんだからな」
「このやろ…」
「うるせえ!黙れ。
もうお前の相手をすることすら面倒になってきた。じゃあな」
倒れていた男の額に銃を向ける。男は、本当にビビっているようだった。
男が目を閉じた瞬間に、銃口を男の頭の上に向け、引き金を引いた。
ピシっ!タンタンタン…
BB弾が放たれ、店内を転がっていった。
「マスター、BB弾入ってるじゃないか。危ねえな。こいつのおでこに赤点がつくところだったぜ」
「あ、すいません。抜いておきます」
若い男は、呆然としていた。
「悪いな、全部嘘だ。俺はヤクザでも何でもないし、ここは一般人しかいない誰もが気軽に利用できる普通のバー。
そしてこの銃はそのへんに売っているおもちゃで、お前が死ぬのは今じゃない」
「でも、殴った…」
「それは本当だ。訴えたきゃ、訴えればいい。その覚悟はできてる」
「……」
「好きな女がいるらしいじゃないか」
「それは…」
「やりたいことなど、高尚なものでなくてもいいんだ。
頭で考えるな。自分の心の声を聞け。
聞こえてきた心の声が、どれだけ格好悪いものでも、無視するんじゃねえ。
カッコつけようとするな。
それが今のお前の本音なんだ。いいじゃないか、それで。
自分の本音に正直になれ。
自分の本音を侮辱するな。
頭で考えたことで、人は本気にはなれない。
今の自分が本気になれることからスタートするしかないんだよ。
そこから、だんだん道は広がっていくもんなんだ」
「……」
「分かったら、とっととその女のところに行け。さもないと…」
若い男に、モデルガンを向ける。
「お前のおでこに、赤い点がつくことになるぜ」
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