「今日は忙しいから、無理だわ」
煩わしさを感じ、いつも以上に冷たい口調で電話を切った。
10年前からの付き合いになる友人の山下は、今でも暇を見つけては飲みに行こうと誘ってくる。
確かに、昔は仲が良かった。暇があればいつも一緒にいたものだ。
しかし、今はこちらも忙しいし、新しい人間関係も増えた。友人は、山下だけではない。山下と会ったところで、何かが変わるわけでもない。
逆に、新しくできた人間関係は、仕事に関連した関係だからこそ、つながっておくメリットは大きい。
山下と飲んでいる時間があるなら、彼らと飲んでいた方が新しいビジネスチャンスにつながる。
山下には悪いが、そういう風に捉える自分自身が間違っているとはどうしても思えなかった。
ベランダに出て、外の気温を確認する。いつも以上に、寒い。雪まで降ってきそうな寒さだった。俺は、寒いと判断したときにいつも着ることにしている黒のダウンを着込んで、家を出た。
その日の食事会で、また新しい人間関係が増えた。俺はこういう出会いを、名刺交換だけで終わらせるようなことはしない。
名刺をもらったら、早速facebookの友達申請をし、定型文ではないメッセージを打ち、つながり続けられるようにする。その人が投稿をしたら、いいねを押すことも欠かさない。
そうすることで、少なくとも何もしないときよりは、つながり続けられる確率は上がる。
つながり続けておけば、どこかで何かしら良いことがあるかもしれない。
食事会は夜12時まで行われた。上手くなった愛想笑いを使って立ち振る舞い、今日も多くのコネクションができた。
良い時間の使い方だ。
家に帰ろうと外に出ると、さらに寒さは増していた。終電を逃してしまったが、家まで歩いて帰れないことはない。
冷たい風に吹かれながら、ポケットに手を突っ込み、黙々と歩き続けた。
帰宅したとき、時計の針は1時30分を指していた。
翌日、朝起きたときから、どこか体がだるかった。頭もぼーっとする。
俺はすでに会社を辞めて独立していて、基本的に今は一人で仕事をしている。
今日もしなくてはならない作業が残っており、調子は悪いが、休むわけにはいかなかった。
作業を終えたのは、午後16時。
その頃には頭もズキズキと痛み、明らかに体調はおかしかった。
まだ熱を測っていなかったことに気付き、久しく使っていなかった体温計を取り出し、熱を測る。
38.2度。
予想以上に高い熱だった。
その日の作業はそこで終わりにして、俺はベッドに横になった。
頭が痛い。
一人で暮らしているから、体調が悪くなっても何もかも自分でしなければならない。腹は減っているが、何かを用意しようという気にはならなかった。
とりあえず、何もせずに寝よう。そう思い横になるが、頭がズキズキと痛み、眠れない。
スマホを覗くと、時間はまだ16時40分だった。
時間が経つのが遅い。
暇を持て余し、スマホを眺める。facebookを開き、みんなの投稿を読む。
みんなの投稿を読んでいると、一人で部屋で苦しんでいる自分のことが強く自覚されたのか、ふいに寂しさを感じた。
自分が今、体調が悪くて苦しんでいることを、誰かに知ってほしい。
どこかでそれを恥ずかしいことだと思いながらも、俺はもう一度体温計を手に取り、熱を測っていた。
38.4度。
さっきより上がっているじゃないか。
俺は、体温計に示された数字をスマホカメラで撮った。
「まさかの38.4度!頭がズキズキと痛み、動けず。笑。今日はちょっとゆっくりしまーす!」
できる限り重くならないよう、「笑」や「!」をつける。こうしておいた方が、いいねが多くなるだろうからだ。誰も、重い投稿など読みたくはないのではないかと思っている。
しかし、実際には本当に頭が痛くて、苦しい。
投稿すると、早速いいねがつき始めた。
いつもより、いいねがつくペースが早い。普段ならコメントがつかないような人からも、コメントがつく。
「大丈夫?ゆっくり休んでねー!!」
「心配です!!たくさん寝てくださいね。。。」
大体、そんなコメントが多かった。コメントがつくと、嬉しかった。いいねがつくのも嬉しかった。弱ったときほど、そうなのだろう。
だけどどこかで、かまってほしいと思っていると思われているのではないだろうか、という思いも拭えなかった。
実際、そう思うだろうと想像できる人からは、いいねはつかなかった。そのことが、熱があるという投稿をしたことを少しだけ後悔させていた。
他にすることもなく、2分おきにfacebookを開き、いいねがつくかどうかを確認する。
時間は、18時を回った。
本当に腹が減ってきた。しかし、どうしても体を動かそうという気にはなれない。
まだ、頭の痛みも治らない。
スマホを開けば、たくさんのいいねと、コメントが入る。しかし、いいねは、その場でボタンを押せばいいだけ。コメントも、20秒もあれば打てる。
それ以上のことをしてくれる誰かは、いない。
たくさんのいいねとたくさんのコメントがつくことで、逆に、その現実の方をリアルに感じていた。
そう思うと、余計に寂しさがこみ上げ、スマホを見るのもやめた。
寝てしまいたい。
寝れば、時間はあっという間に経ち、頭の痛みも収まるはずだ。
しかし、眠れなかった。眠れないことで、今のこの自分の思いを感じ続けなくてはならないのがつらかった。
そう思っていると、スマホが鳴った。
電話だ。
電話をかけてきたのは、山下だった。
「はい」
「おい、facebook見たぞ。大丈夫かよ」
「そうだな、あんまり大丈夫じゃない」
「38.4度だもんな。お前、一人暮らしだろう。食い物とかあるのか?」
「あまりない」
「だろうな。頭痛薬とかは?」
「俺は、あまり薬は飲みたくないんだ」
「ああ、そんなこと言ってたな。でも、一応、持って行く」
「持って行くってお前、来るのか?」
「当たり前だろうが。お前、彼女もいないし、実家も遠いんだからよ。昔から、誰かに頼ろうともしないしな。それか、他にもう誰か来たのか?」
「いや」
来た、と答えられないことが恥ずかしかったが、山下がそこには何の反応も示さず流してくれたことで、みじめな思いにはならなかった。
「適当に、必要なものを買ってくから」
「お前、仕事は?」
「終わったよ」
「お前の会社、飲み会ばかりで大変だ、って言ってなかったか?」
「友達の見舞いに行きますって言ったら、飲み会に来やがったらぶん殴るぞって言われたよ。お前の見舞いに行かなきゃ、それこそ仕事に支障がでちまう」
「そんなこと」
「じゃあ切るぞ。30分後くらいには、着く」
「本当に…」
言い終わる前に、電話は切られた。
束の間忘れていた頭痛が、蘇ってくる。やはりまだ、動けそうにない。
実際、山下が来てくれるのは本当に助かる。
「助かる?」
助かるってなんだ。咄嗟に頭の中に浮かんだ言葉に、驚いた。今、自分はそんな言葉では表現できない感情を感じている。
でも、その感情を素直に受け止めきれないでいる自分がいた。
山下の家から俺の家まで、車で40分くらいはかかる。
ふと、疑問が浮かんだ。
逆の立場だったとして、俺は、山下の家に行っただろうか?
どうだろうか。
分からない。いや、分かりたくない。
考えるのをやめたくて、スマホを手に取る。
facebookを開くと、昨日の食事会で知り合い、友達になった人から「心配です。。。」とコメントが入っていた。
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