好きに生きることと、ラクに生きることは混合されがちです。
しかし、両者は全く違います。
ラクに生きるとは、嫌われないように、傷つかないように生きるということ。
例えば、歌を歌いたい人がいるとします。
歌を歌うとなると、ときに「へたくそー!」と言われるかもしれないし、お客さんが集まらないかもしれないし、CDを出せるかどうかもわかりません。
色んなことが起こります。
例えば、本を書きたい人がいるとします。
本を書くのはラクじゃないし、出版社もリスクを背負っているので売れなきゃダメだし、世に出ることになるので心ない批判を受けるかもしれません。
そういうことも丸ごと受けとめて、「そういうのも含めて、全部来ーい!」という感じで、全部含めて楽しめることが大事で、
ある意味、好きに生きるためには他人の目を気にするということを乗り越える必要があるわけです。
でも、ラクに生きるというのは、そういうのが一切ありません。
家で映画を観てゲームをして漫画を読むのは誰だって楽しい。誰だって幸せを感じる。
すごくラクに楽しむことができます。でも、それと「好きに生きる」というのはちょっと違う。
好きな人ができたら、誰だって付き合いたい。
でも、好きに生きようと思って、その人と付き合おうと思えば、傷つくリスクや受け入れられないリスクを色々受け入れる必要があります。
でも、そこでラクに生きようと思えば、「俺、そんなに好きじゃないかも?」と思えばいい。「興味ないかも?」「いい子じゃないかも?」と思って、自分の気持ちを無理やり抑えればいい。
傷つかないように、恥をかかないように生きればいい。
間違って欲しくないのは、ラクをするのが悪いと言っているわけではない、ということ。
ただ、好きに生きることと、ラクに生きることは違うんだ、ということを言いたいだけなんですね。
そこを同じにすると、ラクに生きることを好きに生きることと思って、どこかで不満を抱えながら生きる人が出てくるかもしれません。
好きに生きるとは言わば、「嫌られてもいい」と腹をくくった人の生き方です。
腹をくくり切っていないと、どこか中途半端な感じになります。
私自身、「嫌われてもいい」と腹をくくって、自分が生きたいように、やりたいように、本当に自由に生きてきました。
自分の生き方には自信があります。
俺は俺の人生を生きてるぞ、と心の底から思える。
当然、好きに生きれば色んなことが起こります。でも、色んなことが起こるのは、自分の人生を生き始めたから。
全部が「冒険」の一要素であり、思い出であり、成長の糧。
だから、全部「OK」なのです。
もしあなたが、どこか自分の人生に不満を感じるとすれば、それは、
嫌われることを怖れている
からかもしれません。
もちろん、誰だって嫌われるのは怖いです。
怖くないから嫌われることを怖れない生き方ができるというよりも、
怖いけどやってる。という感じ。
で、やってみたら、確かに嫌われることもあるけど好かれることもあって、なんだかこっちの方が楽しいぞ!とどこかのタイミングで気づく。
で、もう昔の生き方には戻れないという、そんな感じなんですよね。
「もし、嫌われてもいいとしたら、自分は何をするか?」
「もし嫌われることを怖れていないとしたら、自分は何をするか?」
この質問について自問自答してみると、自分が本当はどうしたいか見えてくると思います。
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