「ふさわしい理由」なんていらない。

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昨日は名古屋でのトークライブで、たくさんの方に来てもらいました。ホント、ありがたい。

利益は全額熊本に寄付させていただきます。

昨日も、多くの人に出会って、中には「5年前からブログを読んでいて、初めて会うことができました」という人や、『毎日15分自分と向き合えば、「欲しい結果」がついてくる』が好きで、色んな人に配っちゃいました!という人も。本当に嬉しい限り。

本やブログは人と人が出会うための役割も持っていて、こういったトークライブをすることも出会いのきっかけになるので、これからも一般公開トークライブはやっていけたらなと思います。

地方もいいなと思うし、一般公開での単独トークライブは長いこと東京でもやってなくて、東京でもまたやろうと思うので、そのときはぜひ来てください。笑

普通の会場でもいいけど、おしゃれな場所で出来たらいいなと思ったり。

あまり大人数じゃなくても、おしゃれ空間で、それなりの人数でしっぽりと。というのもよさそう。

トークライブって、なんだろう、あまりこう「学びに行くぞ!」という感じのものじゃなくてもいいなーと思っていて。

なんとなく行きたいから行く

とか、そんな軽い感じでいい。

というか、そんな感じのトークライブをしたい、ということかな。

単純に「楽しそうだから」とか「好きだから」とか「その空間に居たいから」「おもしろいから」「そこにいる仲間が好きだから」とか、そういうのがあってもいいよね。

「気分がよくなる」っていうのもすごく大切なことなわけだから。

そんなことを考えていて思ったのは、

行きたいとこに行くために「ふさわしい理由」なんていらない。というか、

やりたいようにやるために「ふさわしい理由」なんていらない、ということ。

これは自分がそうだったんだけど、何かをやるときって、なんか「ふさわしい理由」が必要な気がしてしまうもの。

誰もが納得する理由、というかな。

誰かに「なんで?」と聞かれたときに「こうこうこういう理由でさあ…」なあんて、納得してもらえるような理由を探す。

それがないと、

「うーん、いいのかなあ?」と思う。

楽しそうだから!という理由で行くのに、なんかそれじゃダメな気がして、カッコイイ理由、説得性のある理由を探して。

いや、もうさ、

「楽しそうだから」でよくない?

「好きだから」でよくない?

そーいうのが何かを選択する一番大きな理由でよくない?

本当に好きなことや行きたいこと、やりたいことには理由がないことが多くて、逆に言えば、

ふさわしい理由が思い浮かばないにも関わらず、やりたいこと、行きたい場所、会いたい人、一緒に何かしたい人

こそが、「本物の思い」から生まれているものだとも考えられる。

だから、

難しく考えず、楽しいからやる、行きたいから行くというシンプルな感じでいいじゃないかと。

何かをやるときに、ふさわしい理由なんていらない。

自分の思いだけあればいい。

誰かに「なんで?」と聞かれたら、「なんとなく」でいい。

別にわかってもらえなくていい。

説明する必要すらない。

無愛想に「なんとなく」と言っとけばいい。

で、その思いに従っていたら、そこでいい出会いがあったりとか、思わぬ学びがあったりするもの。

自分の思いに流されていくのも、悪くない。

自分の中にあるシンプルな「好き」とか「楽しい」とかそういうのに逆らって、カッコつけて、我慢しているからこそ、

もしかしたら自分の中の流れが滞って、うまくいかないのかもしれない。

自分から流れを止めているから、楽しくないし、状態が悪いのかもしれない。

だから、もっとシンプルに自分の思いを大事にしていくこと。

そんな風に生きれたらそれだけで楽しいんじゃないかなと思う。

と、今日はそんな感じことを考えてました。

では、今回はこのへんで。

チャリティートークライブに来ていただいた皆様、ありがとうございました。

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