<この物語はフィクションです>
妻との仲は冷めたものだった。結婚7年目になる。
どこかへ出かけることもなければ、特別な何かをすることもない。ただ、共に暮らす毎日がそこにあるだけだった。
その妻が、風邪を引いた。
風邪など、珍しいことではない。私も妻もそう思い、私は特に何かをするでもなく、妻も私に何かを期待するでもなく、ただ風邪薬を飲み、ただ当たり前の毎日を過ごしていた。
しかし、妻の風邪はなかなか治らなかった。
実は大病だった、などということはないだろうが、それなりに妻はつらそうに見える。
いつもなら妻が家事をするところだが、今日は自分がやるから、と寝かせておくことにした。
妻が、驚いたような顔をする。
そんなに驚かなくてもいいじゃないかという気がしたが、確かにもう何年も家事をしたことはないかもしれない。
皿を洗い、洗濯機を回し、洗濯物を干した。
なかなか上手くできず、時間がかかる。
心配した妻が様子を見に来たが、「大丈夫だから」と言うと、「そう」と言い、寝室に戻っていった。
次は、料理だ。
料理などできないから、スーパーで弁当を買うことにする。
妻は何を食べるだろうかと考え、風邪だからということでレトルトのおかゆとサラダを買った。
それくらいしか、思いつかない。
帰宅し、台所で、出来上がったレトルトのおかゆをお椀に移し、寝室へと持って行く。
「飯だ。こんなものしかできないが」
「ありがとう」
そう言うと、妻はおかゆをすすり始めた。
「おいしい」
「ただのレトルトだ。誰でも作れる」
「そうね。でも、おいしい」
そのやり取りがいくらか気恥ずかしくなってしまい、水を持ってくる、と言って寝室を出た。
台所に向かう間、色んなことが頭を巡った。
妻に何かをしてやる、ということは本当に久しぶりなような気がする。
結婚して7年。
その間、自分はどれだけ妻のことを考えて生きていただろう、という疑問が浮かんだ。
そういう疑問を持ってみると、自分のことしか考えていなかったような気がしてくる。
妻は、何が欲しいと言っていたのか。どこに行きたいと言っていたのか。
思い出してみると、いくつか頭に浮かんで来る。
妻もそこまで「欲しい」とか「行きたい」と強くは言わない。
だから、妻は望みが薄い人間なのだろうとどこかで思っていた。
しかし、そのときの妻の様子を思い出してみると、言わなかったのではなく、言えなかったのではないかという気がしてきた。
何がしたい、何が欲しい、そう言うことをいつしか妻は諦めてしまったのではないか。
そして、諦めさせたのは、紛れもなく私だった。
今思えば、妻は誰よりも私のことをよく分かっていた。
付き合った期間も含めれば、10年以上一緒にいる。
妻にとって、私という人間はどういう人間だったのだろう。妻の目に映る私は、どんなものだったのだろう。
コップに水を入れながら、そんなことを考えていた。
寝室に水を持って行く。
妻はどこか嬉しそうだった。
「何か、必要なものはあるか?」
「うーん、別にないかなあ」
「嘘つけ。あるだろう」
「ないよ」
「アイスとか」
「いらない」
「冷えピタとか」
「熱はないから」
「あ、漫画はどうだ?」
「それはちょっと欲しいかも。寝てるだけだと退屈だから」
「よし。分かった。買ってくる。アイスも買って来るから」
「アイスはいいって」
「後で欲しくなるかもしれないだろ」
「…そうね」
「よし」
妻は笑っていた。
急いで車に乗り込み、買い物に出かける。
ただそこで、妻にどんな漫画を読みたいのか聞くのを忘れたことに気づいた。
妻は、どんな漫画が好きなんだろう。
一瞬不安になったが、思い出してみれば、妻がどんなものが好きなのか自然に思い出すことができた。
10年以上、一緒にいるのだ。
やっぱり冷えピタもあった方がいいんじゃないだろうか、と思いながら、私は車を走らせた。
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