26歳。コンビニでアルバイトを続ける男の葛藤。

スクリーンショット(2015-07-01 9.50.15)

<この物語はフィクションです>

 

 

バイト先の店長とは気が合わなかった。

元々人見知りする方で、対人関係が得意ではない。面白いことの一つもなかなか言えず、話が弾まない。本当はそうでもないのに、なぜか真面目に見られる。これまでずっと真面目に見られてきたけれど、真面目に見られて得をすることはあまりなかったような気がする。

すでに26歳。コンビニのバイトを始めて4年経つが、その間、気の合わない店長との時間が窮屈ではあった。しかし、辞めると言い出すのが面倒で、それに伴う心理的負担が面倒で、ズルズルと同じところで働き続けている。

 

何かに熱中するでもなく、ここまで来た。

 

客観的に判断して、自分がそこまで能力的に劣った人間だとは思わない。大学もそれなりの大学に合格できた。

ただ、特にやりたいこともなかった。苦しい思いをしてまで就職して、世間体を保とうとする執着心もなかった。

その結果が、今の自分の人生だと思っている。

悪くはなかった。悪くはなかったが、悪くないということで満足できるほど、人生に期待していないわけではなかった。

心の底に期待はある。

だけど、その期待が、自分自身のことを責めさせているようにも感じていた。

 

「いらっしゃいませえー」

 

客が入ってくるのを確認した店長が、お決まりの言葉を言う。最初の数ヶ月はその微妙なトーンに苛ついていたが、もう慣れてしまった。人間は、嫌なものにすら慣れてしまうものなのだなと思う。

入ってきた客は、やけに雰囲気のある男だった。隣には、女もいる。

 

綺麗な女だった。

 

綺麗な女をつれた男を見ると、目を背けたくなる。人見知りの自分にとって彼女を作るというのはかなりハードルの高いことだった。興味がないわけではない。おそらく、ありすぎるのだ。だから何もできなくなる。だけど、その気持ちも誤摩化し続けて生きて来た。今さら、変えられそうにない。

男はビールを4本買い物カゴに入れた。カップラーメンを入れようとしたが、女が何やら隣で話しかけると、買い物カゴには入れずに元の位置に戻した。

その後、店内をぶらぶら歩き、自分のレジの元に歩いて来る。

あまり担当したくない相手だった。

こういう男を前にすると、自分の中の劣等感が沸々と湧いてくる。どうせ、俺のことをバカにしてんだろう。あれだけ綺麗な女をつれているところからすれば、何らかの分野で成功しているに違いない。どうせ、俺に対しても横柄な態度を取ってくるのだ。何度もそういう場面に出くわしたが、これには慣れない。

ふと、なぜ慣れないのだ、嫌なものでも慣れるんじゃないのか、と考えていると、目の前に男はいた。

 

「あ、いらっしゃいませ」

 

慌てて言うと、男は優しく微笑み、こちらを見た。目が合った。目が合った瞬間、男に対する嫌悪感がなぜか薄くなったのを感じた。

 

「おっと。すまん、今1万円しかないのだが、いいかね」

「え、あ、大丈夫です」

「すまん」

 

いつもなら金持ちの自慢か、などとひねくれて思ったかもしれないが、今回はそうは思わなかった。

商品を袋に入れていると、男がこちらを見て言う。

 

「君」

「はい?」

「なかなかカッコイイ髪型だな。おい、そう思わないか?」

 

隣にいた女に言う。近くで見ても、やはり綺麗な女だ。

 

「ええ、そうね。そう思うわ」

「どうやったら、そんな風になれる?」

「良い美容師さんに頼めばいいと思います」

「そうか、美容師の問題か。なるほどな」

「何、オシャレしたいの?」

 

女が笑いながら言う。

 

「したいさ」

「今のままでも悪くないと思うけど」

「悪くない、ね。お前、最良の敵は何だって話、知らないのか?」

「最良の敵?何それ、急に。分からない」

 

「良だよ」

 

商品を「どうぞ」と言って渡すと、男はありがとう、また来るよ、と言って店を出た。

店を出る前、ねえ、また今日もバーに行くわけ?という女の声が聞こえた。

 

続きはこちら。『適当に時間を潰すだけの毎日から抜け出したいと思ったから』

 

 

スクリーンショット(2015-07-01 9.50.15)

 

最近好評の「物語」記事はこちらから全て読めます。

 

 

メルマガ読者さんが毎日増えています。好評なので良ければ。

池田潤オフィシャルメルマガ登録はこちらから。