<この物語はフィクションです>
バイト先の店長とは気が合わなかった。
元々人見知りする方で、対人関係が得意ではない。面白いことの一つもなかなか言えず、話が弾まない。本当はそうでもないのに、なぜか真面目に見られる。これまでずっと真面目に見られてきたけれど、真面目に見られて得をすることはあまりなかったような気がする。
すでに26歳。コンビニのバイトを始めて4年経つが、その間、気の合わない店長との時間が窮屈ではあった。しかし、辞めると言い出すのが面倒で、それに伴う心理的負担が面倒で、ズルズルと同じところで働き続けている。
何かに熱中するでもなく、ここまで来た。
客観的に判断して、自分がそこまで能力的に劣った人間だとは思わない。大学もそれなりの大学に合格できた。
ただ、特にやりたいこともなかった。苦しい思いをしてまで就職して、世間体を保とうとする執着心もなかった。
その結果が、今の自分の人生だと思っている。
悪くはなかった。悪くはなかったが、悪くないということで満足できるほど、人生に期待していないわけではなかった。
心の底に期待はある。
だけど、その期待が、自分自身のことを責めさせているようにも感じていた。
「いらっしゃいませえー」
客が入ってくるのを確認した店長が、お決まりの言葉を言う。最初の数ヶ月はその微妙なトーンに苛ついていたが、もう慣れてしまった。人間は、嫌なものにすら慣れてしまうものなのだなと思う。
入ってきた客は、やけに雰囲気のある男だった。隣には、女もいる。
綺麗な女だった。
綺麗な女をつれた男を見ると、目を背けたくなる。人見知りの自分にとって彼女を作るというのはかなりハードルの高いことだった。興味がないわけではない。おそらく、ありすぎるのだ。だから何もできなくなる。だけど、その気持ちも誤摩化し続けて生きて来た。今さら、変えられそうにない。
男はビールを4本買い物カゴに入れた。カップラーメンを入れようとしたが、女が何やら隣で話しかけると、買い物カゴには入れずに元の位置に戻した。
その後、店内をぶらぶら歩き、自分のレジの元に歩いて来る。
あまり担当したくない相手だった。
こういう男を前にすると、自分の中の劣等感が沸々と湧いてくる。どうせ、俺のことをバカにしてんだろう。あれだけ綺麗な女をつれているところからすれば、何らかの分野で成功しているに違いない。どうせ、俺に対しても横柄な態度を取ってくるのだ。何度もそういう場面に出くわしたが、これには慣れない。
ふと、なぜ慣れないのだ、嫌なものでも慣れるんじゃないのか、と考えていると、目の前に男はいた。
「あ、いらっしゃいませ」
慌てて言うと、男は優しく微笑み、こちらを見た。目が合った。目が合った瞬間、男に対する嫌悪感がなぜか薄くなったのを感じた。
「おっと。すまん、今1万円しかないのだが、いいかね」
「え、あ、大丈夫です」
「すまん」
いつもなら金持ちの自慢か、などとひねくれて思ったかもしれないが、今回はそうは思わなかった。
商品を袋に入れていると、男がこちらを見て言う。
「君」
「はい?」
「なかなかカッコイイ髪型だな。おい、そう思わないか?」
隣にいた女に言う。近くで見ても、やはり綺麗な女だ。
「ええ、そうね。そう思うわ」
「どうやったら、そんな風になれる?」
「良い美容師さんに頼めばいいと思います」
「そうか、美容師の問題か。なるほどな」
「何、オシャレしたいの?」
女が笑いながら言う。
「したいさ」
「今のままでも悪くないと思うけど」
「悪くない、ね。お前、最良の敵は何だって話、知らないのか?」
「最良の敵?何それ、急に。分からない」
「良だよ」
商品を「どうぞ」と言って渡すと、男はありがとう、また来るよ、と言って店を出た。
店を出る前、ねえ、また今日もバーに行くわけ?という女の声が聞こえた。
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